社会的入院と、退院支援の取り組み

日本では、一度精神科に入院すると、退院して地域で生活を送ることが困難な時代がありました。現在でも、症状は安定しているにも関わらず長期入院を余儀なくされている患者さん達がいます。いわゆる「社会的入院」といわれる患者さん達です。その理由としては、「退院後の受け皿がない」「生活能力の低下」「地域生活への不安による退院意欲の低下」などが挙げられています。当院では、その方々に対して、少しでも退院への道を開きたいという、多くの職員の想いもあり、長期入院者の退院支援に取り組むようになりました。

お一人おひとりの希望される暮らしの実現を目指して

平成19年より法人全体での退院支援の取り組みを開始し、現在まで数多くの方が退院されています。退院支援と言ってもご本人が望む暮らしは様々です。退院先として希望される住居についても、「同じ生活のしづらさを抱える方と一緒に生活できるようなところが安心」という方もおられれば、「一般のアパートやマンションで生活したい」と言われる方、「食事つきで、昼間はどこかに通って暮らしたい」、「高齢で1人の生活が不安なので施設で生活したい」等々。できるだけ、その方の希望に近い選択肢を提示していきたいという想いで退院支援を進めています。そして、退院するだけでなく、「ご本人が地域で安心した生活ができる」ということは退院支援に携わる私達にとっても大切な目標です。同時に地域の皆様にも安心していただけるよう、障害をお持ちの当事者に対して一般の方に理解していただくことも重要なことだと考えています。

退院だけが目標ではない、安心できる暮らしが継続できるように

実は、退院だけが目標なのではなく、ご本人の地域での生活が軌道に乗る様に、継続していけるように支援していくことも大きな目標です。そのためには、地域住民の方のご理解、ご協力が不可欠だと日々感じています。長期入院の後、生活のしづらさや困難な状況をもちつつも入院せずに、地域の方々にご協力いただきながら生活を続けられている患者さんも数多くおられます。

今回は、長期入院を経て地域の皆様に支えられて、安心した生活を送られている方々について少しご紹介していきたいと思います。

住宅型有料老人ホームで暮らすようになったAさん

まずは、住宅型有料老人ホーム「みんなの家」へ退院されたAさんのケースです。

入院前は単身生活をされていましたが、歩行の不安定さや薬や水分に対しての確認行為などがあり、自宅への退院が難しく、ご本人も高齢者施設への退院を希望されました。当初特別養護老人ホームや介護老人保健施設への入所を検討しましたが、なかなか入居先が決まらず入院が長くなっていきました。入院から約2年経過した頃、当院の近隣に住宅型有料老人ホーム「みんなの家」が開所すると情報があり、ご本人、ご家族と共に見学をすることとなりました。見学後、施設を気に入られ、入所を希望されました。この方は、入院中常に不安を訴えられており、ステーションの前でスタッフへ食事や水分、薬についての確認を頻繁にされていました。また歩行も不安定であるため、スタッフへ依存的になられている方でした。そのようなご本人の病状を施設へお伝えし、受入可能というお返事を頂き、無事退院することができました。

退院後に外来通院で来られていた際にお話を聞くと、「楽しいよ、ここに行ってよかったよ」と入院中には見たことがないような笑顔で話されていました。その後も、おしゃれを楽しんだり、施設での生活をとても満喫されている様子を伺うことができました。

高齢者施設における精神疾患の方の対応、「みんなの家」の場合

しかし受け入れていただいた「みんなの家」は、高齢者施設であり、初めて精神疾患を持った方の入居ということで、対応方法の違い等難しい問題が多くあったのではないかと思います。

当時から現在までを振り返って施設長へ話を伺いました。

「元々認知症など高齢者の対応しかしたことのない職員ばかりで、受入の際には不安や反発が多く挙がっていました。ADLは自立しているが、精神症状などの為に身の回りのことが出来ないことを職員が受け入れることが出来ない。症状に対してどのように対応したらよいかわからない。初めてのことばかりで職員からももう看れませんという声が挙がることもありました。しかし、精神疾患について施設内で勉強会をしたり、病院へ相談をしたり、また、職員全員で『もうひとつの家族』という理念について共有し、もしも自分の家族だったらどうするか?もしも自分の大切な人が同じようになった時はどうするか?などその都度話し合いをしながら対応策を考えてやってきました。 もちろん施設での対応が限界となることもありましたが、そのときは入院治療をお願いし、安定されたらまた戻って生活していただく。たくさん薬を飲まれている方もおられますが、ご本人が楽に生活が送れるために必要であれば、医療、薬を上手く使っていくことも大事なことだと思います。ご利用者の皆様によりよい生活を送っていただくためにも、職員間の人間関係、教育が大切です。話し合いが出来る、上司にも意見を言うことができる環境は必要。施設長として、「もうひとつの家族」とは、ご利用者の皆様との関係だけではなく、職員のことももう一つの家族として接しています。職員と共に同じ方向を向き、進んでいけるように毎日言葉の共有、意識の共有を行うよう心がけています。」

「もうひとつの家族になる」という施設の理念に支えられて、安心して暮らすAさん

現在のAさんの状況ですが、頻繁な水分要求、内服時間確認に対して、どのように対応したらよいのか、試行錯誤してきた結果、1日2リットルのペットボトルを自分で管理することで、水分要求はなくなり、薬も眠前薬以外は自己管理をすることで安心し、薬の確認もなくなったそうです。薬をお守りのようにポケットにいれ、安心して楽しく毎日を過ごされているようです。また、職員の方たちにも、「不穏時でもすぐに薬を使わずに、まずは対応でどうにかできないか試み、それでも落ち着かれない場合は頓服薬を使用する」といったように意識が変化してきているということでした。

「精神疾患をお持ちの高齢者の方は地域で生活が送れないのか。施設での生活ができないのか。それは違うと思います。自分達が諦めたら、みなさんずっと退院ができず、その方らしい生活を送ることができない。それでは施設として目指している、『お客様に満足して頂ける地域一番の施設になる』ことはできないと思っています。私達が『もうひとつの家族』になって、これからもやっていきたいと思います。」という言葉にとても感銘を受けました。精神疾患の有無に関わらず、1人の人として向き合い関係を築いていく皆さんの考えがあってこそ、私達も安心して支援ができるし、患者さん達も退院後に穏やかに楽しい生活を送ることができるのだと思います。

(文責:精神保健福祉士 福田輝美)