「うつ」は「うつ病」でないことも

昨今「うつ病」に限らず色々な精神疾患について多くの情報が溢れています。インターネットなどに掲載されたチェック表による自己診断に傾倒することなく、病気や障害の可能性を感じる場合には、医療機関を受診し、医師による適切な診断を受けることが大切です。
以下は、春日武彦氏の「はじめての精神科」(医学書院)からの引用です。精神科医の立場から援助者向けに執筆された本ですが、一般の方にわかりやすい記述もありますので、ほんの一部をご紹介します。

『うつ』があればうつ病、ではない」
わたしたちがもっとも悩まされがちな精神症状は、抑うつ気分と不安感ではないでしょうか。その事実を言い換えるならば、『うつ』や不安は、精神の不調を反映するもっともありふれた指標ということになるでしょう。
したがってこれら2つの症状は、さまざまな精神疾患の可能性を内包している。だからこそ、《うつ状態⇒うつ病》《不安感⇒不安神経症》といった具合に、ダイレクトに診断がつくわけではない。もっと診断を進めて可能性を絞り込まなければ、正確な診断にはたどりつけません。でも、今あげたようなダイレクトな(あるいは短絡的な)図式を素朴に信じ込んでいる人が世間には多いので、事態はややこしくなりやすい。」

うつ病の症状

医師は、DSM-5(アメリカ精神医学会が作成している、精神疾患の診断・統計マニュアルで、精神障害に関する国際的な診断基準の一つとされている)の診断基準に基づき、総合的な観点から判断します。 先述のとおり、自己診断ではなく、医師による適切な診断を受けることが大切です。
「うつ病」では、以下のような症状が見受けられます。ほぼ1日中抑うつ気分があったり、ほぼすべての活動に興味や喜びが極端になくしていたりする。集中力がなくなり、考えが進まない。食事療法などをしていないのに体重増加もしくは体重減少がみられる。そし不眠または過眠がほぼ毎日続く。自分に対して無価値観や過剰もしくは不適切な罪悪感をもつ。さらに、死もしくは自死についての反復思考、自殺企図、または自死を実行するための具体的計画にいたったりする。(参考 : 精神疾患の診断・統計のマニュアル DSM-5)

持続性抑うつ障害(気分変調症)の症状

「持続性抑うつ障害」では、抑うつ症状が寛解することなく、憂うつな気持ちが慢性的に2年以上持続し、食欲減退または過食、不眠または過眠、気力減退または疲労感、自尊心の低下、集中力低下または決断低下、絶望感のうち、いくつかの状態が認められます。(参考 : 精神疾患の診断・統計のマニュアル DSM-5)

双極性障害の症状

双極性障害は、躁状態(または軽躁状態)とうつ状態(大うつ病エピソード)とを反復する精神疾患で、寛解や再発の経過を繰り返します。躁状態とうつ状態が交互に生じることもありますが、多くはいずれか一方が優勢です。 「双極性障害」はかつて「躁うつ病」と呼ばれていましたので、うつ病の一種と誤解されがちでしたが、実はこの二つは異なる病気で、治療も異なります。双極性障害の多くはうつ状態から始まるために、熟練した専門医の問診をもってしても区別がつきにくいケースもあります。長い経過を見ないと躁の病相が出ないこともあり、うつ病の治療をしてもなかなか治らない場合に実は双極性障害だったということは少なくはありません。(専門医の診療に光トポグラフィー検査や心理検査などの情報を加えることで、より確かな診断に近づけることもできます)

  • 双極Ⅰ型障害
    躁状態とうつ状態がほぼ同じ配分で交互に訪れる。しばし激しい躁状態が現れる。
  • 双極Ⅱ型障害
    うつが優位で「うつ」が持続し、時折軽躁状態となる。「うつ病」と誤診されやすい。
  • 気分循環型障害
    軽い躁状態と軽いうつ状態が交互に現れ、このような気分の不安定さが2年以上、慢性的に継続している。

以下は、双極性障害における[エピソード]の説明です。精神医学における[エピソード]とは「ある状態(病状)が続いている期間」で、日本語に訳すと「病相」に近い意味です。

[躁病エピソード]

気分が異常かつ持続的に「高揚した」「開放的な」または「易怒的(いらだたしい)気分」が1週間以上持続し、目標指向的な活動または気力が持続的に増加する状態。さらに、その期間中に、自尊心の肥大や誇大、睡眠欲求の減少、多弁や喋り続けようとする切迫感、考えがまとまらず発言がバラバラだったりいくつもの考えが競い合っていたりする、注意散漫、望ましくない結果になる可能性が高い快楽的活動に熱中すること(例えば、浪費、性的無分別、ばかげた事業への投資などに専念すること)などの症状も認められる場合。(参考 : 精神疾患の診断・統計のマニュアル DSM-5)

[軽躁病エピソード]

躁病ほど極端ではない状態であり、抑うつ状態ではない平常時と明らかに異なる行動が4日以上継続する状態で、および上述の躁病エピソードの記述の追加症状も認められる場合。(参考 : 精神疾患の診断・統計のマニュアル DSM-5)

[抑うつエピソード]

典型的なうつ病の特徴が認められ、同じ2週間に後述の症状も認められる場合。例えばほぼ1日中抑うつ気分があったり、ほぼすべての活動に興味や喜びが極端になくしていたりする。集中力がなくなり、考えが進まない。食事療法などをしていないのに体重増加もしくは体重減少がみられる。そし不眠または過眠がほぼ毎日続く。自分に対して無価値観や過剰もしくは不適切な罪悪感をもつ。さらに、死もしくは自死についての反復思考、自殺企図、または自死を実行するための具体的計画にいたったりする。(参考 : 精神疾患の診断・統計のマニュアル DSM-5)

適応障害の症状

適応障害とは、個人的な不幸や心理社会的ストレス因子に対する短期間の不適応のことで、ストレス性障害の一つです。特定の状況や環境が本人にとって耐えがたいと感じ、強いストレスとなって気分や行動面に症状(憂うつな気分、不安、焦り、意欲・集中力の低下、イライラ、頭痛、動悸、めまいなど)として現れます。それらの症状はストレスに直面している時だけに現れ、ストレスから離れると比較的安定することが多いようです。
医師は国際診断基準DSM-5に基づき、総合的な観点から判断します。適応障害の症状はストレス因子の始まりから3カ月以内に出現し、ストレス因子の6カ月以内に改善するとされています。ただし、ストレス因子が持続する場合には、症状も引き続き持続します。ストレスの性質や強度は特定されていませんので、些細なことでも思いがけず大きなストレスになり強い症状が出現している状態を指します。(参考 : 精神疾患の診断・統計のマニュアル DSM-5)

うつ病と適応障害の違い

うつ病と適応障害はよく似た症状が出現しますが、これらは異なる病気で、治療も異なりますので、その点を理解することが必要です。
「うつ病」は、明らかな誘引(発症の引き金)がないのに「うつ状態」になる人がいるということから「うつ病の概念(ストレスに対応する反応ではなく発症するのであれば、自発的にうつ状態になってしまう、体質的な、脳の病気があると考えるべきではないか)」が確立されていった経緯があります。それに対して、「適応障害」は発症の引き金となる事象が明らかです。
また、うつ症状においても、「うつ病」の場合はいったんうつ状態におちいると楽しいことがあっても楽しめません。「適応障害」においては、気持ちが変化する力はまだ保たれているので、うつ状態のなかでも楽しいことがあると楽しめるという特徴があります。病前性格としては、「うつ病」では執着気質であることが多いのですが、「適応障害」では顕著な傾向はみられません。
そして、「うつ病」では慢性的なストレスにさらされた後に発症するため、ストレスから離れてもすぐに症状が改善することはありませんが、「適応障害」ではストレスにさらされてすぐに発症するため、いったんストレスから離れると症状は速やかに改善するという大きな違いがあります。
さらに、重要な違いは「うつ病」であれば薬物療法が効果的ですが、「適応障害」では薬物療法より心理療法などの効果が認められるといわれています。

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