PTSD(心的外傷後ストレス障害)と、トラウマ治療について

トラウマ治療は、PTSDが問題になります。阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震などで、日本でも広く認知されました。実は、これらの大事故でPTSDを発症する割合は小さく、多くは自然治癒の経過を辿るわけです。しかし、性暴力被害(レイプ)などの被害者の発症率は6割に達します。つまり、出来事の内容によって、PTSDの発症率が異なります。
さて、PTSDの確定診断のためには様々な評価法があります。中でも、CAPS診断面接は詳細に症状を把握することができます。これは、トレーニングを受けた医療者が行います。トラウマ体験について詳細に聴取するため、1~2 時間を要します。面接内容は点数化され、軽症から重症まで、重症度も判定できます。また、PTSD症状で、現在どれくらい困っているのか、生涯で症状が最もひどかった時の状況も、併せて知ることができます。
PTSDと診断されたら、治療法は複数存在しますが、「持続エクスポージャー療法」という認知行動療法は、治療効果が高いことが知られています。こちらも、トレーニングを受けた医療者が行います。医師が行う場合は保険診療となります。心理士開業で行う場合は、実費で1回1万円ほどのようです。毎週1回、90分のセッションを全体で10~15回、行います。
また、PTSDの診断の条件は厳しく、1項目でも条件を満たさない場合は、適応障害となってしまいます。その場合でも、必要に応じて上記治療を行うことがあります。

トラウマについて、まず知ってほしいことは「逆境的小児期体験研究Adverse Child Experience study(以下、ACE)」

これは、17,337名の成人を対象にした疫学研究(米国)です。ACEとは、18歳までの小児期、家庭内に機能不全が存在したかどうかを尋ねています。項目は以下の通りです。

  • 心理的・身体的・性的虐待
  • 心理的・身体的(物理的)な養育の放棄
  • 両親の別居(離婚)など片親、両親の不在
  • 母親への暴力
  • 家族のアルコール・薬物乱用
  • 家族の精神疾患や自殺
  • 家族の服役、投獄経験者の存在

結果は、1項目以上満たす人、64%。2項目以上満たす人、60%。複数の項目を満たす人は、それだけ広範囲に深刻な健康上の問題を抱えることが判明しました。つまり、ACEは成人して尚、健康状態や社会適応に決定的な影響を与えるということです。そのため、ACE体験者にはなるべく早く支援の手を差し伸べることが重要です。医療による治療、福祉による手厚い支援。それがなされなければ、彼らは平均寿命と比べて、「早すぎる死」を迎えることになるからです。
また、ACE体験者は感情や衝動をコントロールすることが困難で、しばしば「躁うつ病」や「ADHD」と診断されていることがあります。その原因は、脳の発達段階にあります。脳の成長は、1歳で成人の70%、4歳では95%に達します。この時期にACEがあるということは、脳の正常な発達を阻害することになるのです。たとえば、「厳しい体罰は、前頭前野の容積を小さくする」「言葉の暴力は聴覚野を肥大化させる」「DV目撃は、視覚野、脳梁を縮小させる」などの事実が判明しています。つまり、それらの事実はACE体験者が感情や衝動をコントロールすることが困難である理由です。
この他にも、自分の感情がわからない、という発達障害の人と似た症状を呈すこともよくあります。その場合は、感情についてラベル付けするなど学習することも必要になります。
ですから、ACE体験者には医療機関での治療のみならず、福祉サービスや生活支援など、多方面からの支援を必要とします。医療の、各分野との連携が不可欠です。

トラウマ インフォームドケア

それでは、潜在化しているACE体験者へ、どのようなアプローチが望ましいのでしょうか。
私たち皆が、「トラウマインフォームド」、つまり「私はトラウマのことがわかりますよ」という社会になれば、支援を必要とする人は早期発見され、早期介入がなされ、様々な困難を、深刻な状態となる前に予防できると考えます。例えば、たくさんの子どもたちが通う学校。教師の皆さんが「トラウマインフォームド」となってくれたら、救われる子どもは大幅に増えるでしょう。何らかの介入なしに、ACE体験者の最終地点、「早すぎる死」を防ぐことは困難です。辛い体験を強いられている子どもたちを一人でも多く救うべく、「トラウマインフォームド」を目指したいものです。
以下は、その段階的アプローチについて簡単にご説明します。

【第一段階】
「トラウマインフォームド」とは、「私はトラウマのことがわかりますよ」という意味です。先に述べた、ACEが及ぼす影響について、知っていますよ、ということです。日本人全員がそうなることを目指したいものです。例えて言うなら、「タバコは健康に悪い」「車に乗ったら必ずシートベルトをする」といったような公衆衛生における常識と同じようにACEの影響の理解が拡がってほしいものです。

【第二段階】
「トラウマに対応できるシステム」リスクのある人に対し、早期発見、早期介入をすること。

【第三段階】
「トラウマに特化」。トラウマによる深刻な影響が生じている人に対し、専門家が、専門的治療を行う。

「氷山の一角」という言葉があります。ACE体験者に見られる問題行動や生活上の支障というのは、まさに「氷山の一角」に過ぎません。海面下に大きく存在する部分に詰まっているのは、前述したACEの項目の数々、不安、恐怖、孤独、失望など。それらは、見ようとしない限り見えません。
もし皆さんの周囲に異常なまでの激しい興奮を見せる人(子)がいたら、「ACE体験者かもしれない」、「トラウマ体験があるのかもしれない」という懸念を少し感じていただけたらと思います。そう、「トラウマインフォームド(わたしはトラウマのことがわかりますよ)」。そのような社会全体における理解の拡がりが、治療のみならず、福祉的な支援にも繋がり、その人(子)の生活全般や未来をサポートすることができます。私は、治療者として、そのような社会になることを切に願います。

精神科医 齊藤陽子

(注)油山病院では「トラウマ治療」に関するお問い合わせには対応いたしますが、「トラウマ治療」自体は行っておりません。あらかじめご了承ください。
なお、関連するご相談につきましては、以下のような公的な相談窓口をご紹介いたします。