頻回のリストカットを止められないAさん(20歳代前半の女性)は、幼少期から短気な父親と気分的に落ち込みやすく引きこもってしまう母親との間で「良い子」として育ち、両親の仲を取り持とうと文字通り家庭を支えてきました。そんな中で常に自分は一人であるとの思いをぼんやりとではあるが抱いてきたようです。また、小学校の高学年時に被害に遭ったある事件を両親に話すことはなく、怒りと共に忘れ去ってしまっていました。治療の中でも彼女は、一人であった寂しさや怒りは実感としては思い出せず、何事に対しても「仕方がない」「分からない」の一辺倒でした。

やがて治療が進むうち、自分の中にもう一人の自分がいて、その自分がリストカットをしている自分を眺めているのだと話すようになりました。また、その自分は、自分の代わりに寂しがったり怒ったりするとのことでした。
さらに面接を重ねる内に、リストカットする時の自分自身を実感をもって語れるようになりました。「寂しさや怒りがあるのに、良い子のふりをして嘘をついてきた。自分を殺してきたと思う。それがもう一人の自分。そんな自分を自分でも許せないから、リストカットして自分を罰しないといけない。そして血が流れ痛みを感じると、殺してきた自分がまだ生きてることを実感できる。だからリストカットを止めろと言われることは私にとって死ねと言われることと同じ」と話すのです。

寂しさから逃げている自分を語り、生きるためには仕方がないと訴えながら、そんな自分が嫌とも言うのです。
そしてまた、そんな気持ちにさせた相手(母親や治療者)に怒りを感じ始めてはいるが相手を殺すことも出来ないから、こんな形(リストカット)で訴えるしかないのだと語りました。
そのため、治療者は入院という治療形態を取ったのですが、やがて彼女は些細なことで看護スタッフに当たり散らすようになり、スタッフを困らせました。
またその一方で、病棟内の中庭の土を掘り返すといった奇妙な行動に出ました。
その後の面接で分かったことですが、大地(母親)を探し求める行動でした。

また、過食嘔吐とリストカットを繰り返しパーソナリティー障害と診断された20歳代後半女性のBさんは、次のように語りました。彼女は常に相手のその時その場での心の状態を読み、それに合わせて自分の発する言葉や行動を選んでいたとのことですが、やがて、本来自分がどのように感じどのように行動するのが自分らしいのか分からなくなったと言うのです。彼女はそんな自分を、本来の色を忘れたカメレオンに例えました。「私は自分を守るために周りに色に合わせて色を変えている(保護色)内に、本来の自分の色が分らなくなったカメレオン」と言うのです。
そしてまた、「手を切る時だけ自分を感じることが出来るし、周りが自分のことを考えてくれる。だから、手を切るなと言われることは死ねと言われること」と言いました。
彼女は、自分の存在に無関心であった母親に育てられ、母親との間で自分の存在を確認するためには言葉では通じす、行動(リストカット)で伝えるしか無かったのです。言い換えれば、彼女にとっては親との愛情を確かめる唯一のコミュニケーション・パターンがリストカットだったと考えられます。

(松木邦裕・福井敏 編「パーソナリティー障害の精神分析的アプローチ」金剛出版 から引用)